top of page

第6回
ゴムの保温力調査

ウェットスーツの保温について研究してレポートを書いてくれた実践女子大学の鎌田先生の2センチぐらいある、厚い報告書がおれのところにも送られてきた。それで、おれはあまり字が好きじゃなくて、その報告書を要約した薄いレポート(資料PDF)だけを読んだんだけど、薄いレポートのほうには、ウェットスーツの保温は、さまざまな素材の違い、たとえばジャージとか遠赤外線とかチタンを編み込んでいるとか、それらの違いによる効果は数パーセントの差しかないって書いてあった。

 

 いまでもウェットスーツのゴムメーカーは新しい製品をどんどん作って発売してくるんだけど、この大学の研究チームは、3年ほど時間をかけて研究してくれて、サーファーが使うような上も下も水に浸かっているような状態でゴムの保温力というのはなにがベストなのかを明らかにしてくれたんだ。

 

 その薄いレポートには、ゴムの保温力はゴムの厚さに左右されるという結論が導き出されていた。おれはそのレポートを信じて、ウェットスーツ作りにいかしているんだけど、じっさいに試して着てみると確かにそうだね。0.5mmでもゴムが厚ければ暖かい。

 でも、おれは分厚い報告書のほうはまったく読んでなくて、最近になってあらためて読んでみたら、ウェットスーツの始まりというのが書いてあった。ナショナルゴム、いまうちでも使っているゴム会社なんだけど、ナショナルゴムは1959年に初めて独立気泡を持ったネオプレンゴムを製造したんだって。それで1960年にネオプレンゴムを使ったダイビング用ウェットスーツの販売をはじめた。

 

 当然、そのウェットスーツはナショナルゴムから生地を買って、製造しはじめたんだろうね。それが1960年、ダイビング用のウェットスーツだったわけ。で、おれより先輩の人たちは、サーフィンをはじめたころは、裏も表もスキンタイプのゴム、たぶんナショナルゴムが製造したプレーンなネオプレンゴムのダイビング用ウェットスーツを着ていたんだ、当時ね。ダイバーの人たちはいまでもそうだと思うんだけど、なかにパウダーをつけたり、暖かい風呂の中でウェットスーツを脱いだり着たりして、ウェットスーツの着やすさを調整していた。

 

 その後、ウェットスーツをもっと着やすくするためにメーカーが試行錯誤して、ゴムの裏側にジャージを貼った生地を製造しはじめた。その報告書を読むかぎりでは、ジャージを貼るためにわざわざ機械を開発したらしいね。だから、だれでも簡単に貼れるわけでもないんだよ。ゴムに貼るジャージというのは、いわゆるストッキングをイメージしてもらうと分かりやすいんだけど、伸びるジョージをゴムに貼るという技術は相当難しいし、いまでもゴムにジャージを貼るのは難しいらしいんだけど、その機械を開発して、糊とスポンジとジャージの3層構造じゃないけど、それを張り合わせる技術を獲得したんだ。

 

 ただのネオプレンでは着にくいので、着やすいようにジャージを貼ったんだけど、ほかにもチタンとか、パウダーのように滑りがよくなる塗料(液体)をゴムの裏側に塗るという方法もあった。長く使うと取れちゃうし、ジャージより強度がなかった。いまでも塗るタイプは流通していて、山本科学という会社が特許を取得して製造・販売されていて、ウェットスーツが必要なトライアスロンなどの競技に使われている。

 

 一時期、水泳でも使っていたんだけど、水抵抗がなさすぎて使用禁止になった。それで、水抵抗がないのでサーフィンにもいいんじゃないかって一部使われていたけど、おれは、理論的に体とウェットスーツのあいだがぬるぬる動いちゃうというのは、ボードを押さえ込むときに押さえ込みづらい。だからおれは、その液体はちがう目的に使ったほうがいいんじゃないかと思うんだ。だから用途を選べばじゅうぶん使えて、フリーダイビングの場合はそれしか使っていない。 

 日本の場合、サーフィン用として作ったウェットスーツの起源は定かではないんだ。もともとダイビング用のウェットスーツをサーフィン用として着ていたので、どこの会社がいつから作りはじめたのかというのが断定しづらいというのもあるね。

 

 アメリカで最初のサーフィン用のウェットスーツを作ったオニールのウェットスーツもどきを作りはじめたのはいろいろなメーカーがあって、ビクトリーだったり、ダブだったり、その当時のゼロ(ラッシュ)だったりする。でもビクトリーは、もともとはダイビング用ウェットスーツ・メーカーだから、厳密にいうとダブが最初にサーフィン用ウェットスーツを作ったんだろうね。それからうちがはじめて、2年後ぐらいにフィットが作りはじめた。

 

 地方でもウェットスーツを作りはじめていたのかもしれないけど、サーフィン用というのはなかなかなかったので、その3社だろうね。でもウェットスーツの市場というのはダイビング用が多くを占めていて、ウェットスーツ工業会という業界団体があるんだけど、そこではダイビング用ウェットスーツを作るメーカーが力を占めていて、すべてのウェットスーツの規格というのはダイビング用に統一されているんだよ。

 

 だからうちはそこには参加していない。そういう理由で、いまでもサーフィン用ウェットスーツの規格というのはとくにないんだね。ウェットスーツ工業会の規格というのはダイビング用ウェットスーツを基準に考え出されている規格だから、ウェットスーツのメジャーの測り方などみんなそうだね。そういうところでダイビング用ウェットスーツに統一されていっちゃうので、サーフィン用ウェットスーツ・メーカーは独自のウェットスーツのサイズ取りなどをつくり出せないんだろうね。

 

 サーフィンの場合は、パドリングが90%なんだから、そのパドリングがしやすいウェットスーツのカタチとかを追求すべきなんだろうけど、ほかのメーカーが言っているのは保温力がどうだのこうだとか、水が入らないだの、ダイビング用だったらいいのかもしれないけど、サーフィン用だとしたら、その考え方はちょっとずれている気がするね。

 

 ゴムやジャージの種類に関わらず、どんなことをしてもゴムの保温力はほとんど変わらない。調査・研究の結果、保温力はゴムの厚みに比例しているという答が出てきた。そのとき、インナーの生地の素材別にも比較調査をしているんだけど、オレンジ色のシェルターという生地だけはほかの生地とちがった結果が出ている。水に浸してから重さを計るんだけど、オレンジの生地だけは縦に置いておくと、水が落ちるスピードがほかの生地よりも数倍早いということがわかった。

 

 それはどういうことかというと、たとえばウェットスーツを吊るして干す場合、オレンジの生地だけは30数パーセント早く水が落下する。つまり、このオレンジの生地がなんで暖かいかということがその調査で実証されたんだ。この生地はポリエステルの糸とオレンジのナイロンの二重構造の生地が付いているんだけど、ナイロンは水を吸い付ける性質があって、ポリエステルは水を弾きだす性質がある。

 

 当初、おれは、ゴムの内側に貼る生地をポリエステルにしたのは、水を弾きだす性質があるからだって考えて、この生地を作らせたんだ。でもそうじゃなくて、内側に貼った二重構造のオレンジのナイロンの生地が水を吸っていることがわかった。一生懸命水を吸うおかげで、ポリエステルのほうは水を弾き飛ばしたいから、オレンジのほうがその水を吸うわけよ。吸うとどういう状態になるかというと、飽和状態になって水は重くなるから、つねに落ちていく、

 

 つまり水が抜けていくわけ。ウェットスーツを着ていたり、もしくは干していたりすると、ほかのウェットスーツよりもはるかに乾きが早い。乾きが早いということは、着ていてもおなじなんだよね。足首とか手首から水がどんどん落ちる。ほかの素材だと水がいつまでもビチャビチャとまとわりついているけど、オレンジの生地は水気を感じないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このオレンジのシェルターの生地はどんな色でも作れるけど、ほかの色、たとえばブルーの生地で作ってみたけど、見た目が寒いんだよ。見ただけで、寒々しいんだ。この赤とオレンジの組み合わせがいちばん暖かく感じる。ウェットスーツというのは保温が目的だよね。だから見た目に暖かい色のほうがいいというわけ。暖色系でもピンクよりもこのオレンジ色のほうが暖かく感じる。いちばん暖かく色なんだ、見た目にもね。

 ゴムの保温力調査のレポートではウェットスーツの水の入り方や水の出方なども詳しく書いてある。おれは、いままで自分の頭の中で、ああなんだこうなんだとイメージしていたものがきちんと文字として表現されていて、じつにすばらしい報告書だなと思ったね。どうやって水の出入りを押さえていくのかがウェットスーツの保温力を左右するというような、ウェットスーツ作りでの課題なども書いてあったしね。

 

 この報告書では最初からダイバーとサーファーを区別して書いてあって、サーフィン用のウェットスーツの保温力にフォーカスを当てて調査・研究しているんだけど、彼らはダイバーとサーファーの動きの違いをきちんと理解している。ウェットスーツを使う場所も分けていて、ダイバーはぜんぶ水に浸かっているけど、サーファーは板の上に乗っかっていて下半身だけ水に浸かっていたりと、いつも水の中にいるわけじゃないということもよく把握している。動きのことも理解していて、サーファーにもアンケートを取っているので、本当に正確に調べたレポートなんだよ。

 もともとウェットスーツは海軍など軍事用に開発されたんだけど、オニールも1980年代にNASAに頼まれて極寒の水の中に潜れるウェットスーツを開発したんだけど、それはスーパースーツという名前で、おれたちはサーフィン用として使っていた。

Z1織りS.jpg

Z-1のインナー素材に使われているシェルターは、ポリエチレン系の糸とナイロン系の糸を織り込んだ、保温力と着心地が抜群のゼロ・ウェットスーツの最高級のゴム生地だ

ゴムの保温力調査報告書

bottom of page