文:川南 正
初期の頃のウェットスーツは、ネオプレンゴムを糊で張り合わせただけだったので、縫うという工程はなかった。いまでもネオプレンゴムを糊で張り合わせただけのウェットスーツもあって、実に使いやすくて都合がいいのだけど、引っ張ったりするとすぐに壊れる。ということで、ウェットスーツがすぐに壊れてしまうのは困るので、ネオプレンゴムの片面にジャージを貼ってみたらどうだろうということになった。ウェットスーツを改良することによって縫う必要がでてきた。なぜなら、ジャージはいくら糊をつけても貼り合わせることができないからだ。最近では、すごく優秀な接着剤が開発されているので、コンマ1ミリ以下の薄いジャージとジャージの切断面を張り合わせることができる糊も出てきてはいるが、そういう糊は強いけど硬い。硬い糊でジャージ同士を貼り合わせることはできない。なぜなら、ジャージとジャージの貼り目が、引っ張ったときに壊れてしまう。ほかのところは壊れなくなったけど、貼り目が壊れるので、縫い合わせているわけだ。
時代が前後してしまったけど、ダイビング用ウェットスーツの時代からネオプレンゴムの片面にジャージを貼り、縫製しはじめたというわけだ。縫い合わせるという方法は防水という観点で考えると難しい問題で、初期の頃はジグザグミシンでチドリ縫いをしていたので、ミシン針の穴がネオプレンゴムの裏に抜けていた。そのため、縫い目から水が入ってくるという問題が出てきた。そこで、おれが知っている限りでは日本の会社で、奈良ミシンというミシンメーカーがじゅうたんを縫うためのロックミシンに近い機能を持つミシンを製造していたのだけど、そのミシンを改良してウェットスーツ用のすくい縫いミシンにしたんだね。じゅうたんはもともと手縫いで縁かがりをしていて、じゅうたん用のミシンもまた縁かがりで使っていたけど、それはすくい縫い用のミシンではなかった。じゅうたんは厚みがあるので、オーバーロック用のミシンでは縁かがりはできないので、じゅうたんも縫えるミシンが開発されたのだろうね。厚みのある生地が縫えるじゅうたん用のミシンを、ウェットスーツの縫製に裏に針が通らないすくい縫いミシンに改良したわけだ。
日本では、ビクトリーが最初にすくい縫いミシンを導入してサーフィン用のウェットスーツを縫製しはじめたけど、おれがオニールのウェットスーツを本格的に輸入しはじめた1972年当時、オニールのウェットスーツもまたすくい縫いミシンで縫製されていた。その当時、アメリカですくい縫いミシンが開発されていたのかは定かではないけど、いまだに日本製ミシンが多く使われているところから推測すると、オニールをはじめアメリカのウェットスーツメーカーは当初から日本製ミシンを輸入して使っていたのではないだろうか。
ウェットスーツメーカーにとって、将来はミシンで縫製するのではなくて、接着剤などを使ってウェットスーツを作るようになると思うけど、その際に、ジャージを貼ったネオプレンゴムの各パーツをどうやって貼り合わせるか、その合わせ方とかくっつけ方の創意工夫が重要になってくるだろう。現在、なぜすくい縫いなどのミシンを使っているのかというと、ゴムとジャージの伸びに対応できる接着剤がないため、ミシンで縫い止めて補強をしている。今は科学が進んできて、いろいろなものが接着剤でくっつくようになってきているが、おれたちにとっては、ゴムとジャージの伸びとおなじように伸びる接着剤が開発されることが待たれている。
ウェットスーツ一着を作るのに、チドリ縫いなどいくつかのミシンを使い分けなければならない。とくにすくい縫いミシンを使う場合は作業するたびに設定などそのつど調整する必要があり、神経を使う縫製が強いられる
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